〈正月元日。午(ひる)の頃家の内暖くなるを待ちそこら取片づけ塵(ちり)を払ふ〉(大正7年)。作家永井荷風がその数カ月前に書き始めた日記「断腸亭日乗」から拾った
元日を拾って読む。昭和4年〈狂風一陣雪を捲(ま)いて咫尺(しせき)を弁ぜざりしが、日暮に至り空霽(は)れ星出でたり〉。「咫尺を弁ぜず」は視界がきかないこと。昭和8年〈雑司谷墓地に往き先考の墓を掃(はら)ふ。墓前の〓梅馥郁(ろうばいふくいく)たり〉。「先考」は亡父のこと
ひとり静かに新年を迎える荷風の筆は時に権力に向かう。〈軍人政府の専横〉に触れたのは昭和16年。〈心の自由空想の自由のみはいかに暴悪なる政府の権力とてもこれを束縛すること能(あた)はず〉
何ものにも縛られずに端然と生きた。独り暮らしで生涯を終えた男の日乗(日記)は、没年の昭和34年まで続く。いつも下書きをし、後世史家の資料に供すために推敲(すいこう)を重ねて最後は和紙に墨で清書した
狷介(けんかい)孤高の人の筆は世相にも向く。打算が大きな顔をして人情がすたる世を「石が浮んで木の葉の沈むが如(ごと)し」と形容した。「儒教の衰滅したるに因(よ)る」とも。「小ぎれいで小ざっぱり」とした人々の様子、町々の風情が薄れていくのを憂えた。日本が細るのを悲しんだ
その後の日本は西洋化をいびつに究めて平成に至り、私たちの目の前にある。このままでいいのか。気持ちを新しくしよう。凛(りん)と書き留めておこう。できれば日記の最初のページに、背筋を伸ばして。
春秋 西日本新聞 2011年1月1日
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