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無駄遣い一掃「尾頭」無駄なようだが無駄ではない・・・春秋 八葉蓮華

 昨年末、政府の行政刷新会議の事業仕分けで芸術文化振興費が「圧倒的縮減」と判定されたとき、「文化をばかにしている」の声が、落語の師匠たちの間からも上がったことを思い出す

 日本演芸家連合会長を務める三遊亭金馬師匠は、古典落語の一場面を引いて苦言を呈していた。大(おお)店(だな)の旦(だん)那(な)が番頭に、世の中のありようを、尾頭付きの鯛(たい)に例えて話して聞かせる場面だった

 「頭と尾は食べる人もかじる人もいない。それでも尾頭がないと鯛は値打ちがない。無駄なようだが無駄ではないというわけだ」。予算削減の判定を、尾頭付きを解さないやぼ天と感じたのだろう

 師匠が引いたこの噺(はなし)は、芸術文化振興費の問題にとどまらず、民主党が鳴り物入りで始めた事業仕分けを考えるうえでも示唆に富む。話が脇道にそれるが、示唆は噺の題にある。題は「百年目」

 「百年目」には「運のつき」の意味がある。国語辞典によると、見つけられたが百年目、などと使う。きのう再開された事業仕分けは、税金の無駄遣いの温床とされる独立行政法人などに切り込む。天下りの受け皿にしてきた官僚たちにも、先述した用例が使えそう

 「百年目」は「めったにない好機」の意味でも使われる。行革による無駄遣い一掃は自民党政権時代からの宿題だった。自民党にはできなかった。それゆえの政権交代だったと、あらためて思う。こんども無理なら国家百年の大計もない。

春秋 西日本新聞 2010年4月24日
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge
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