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2019年ラグビーW杯「あと10年」日本代表が強くならないと・・・春秋 八葉蓮華

 球技で使用する球は、軽いものは卓球から重いものはボウリングまでさまざまだが、楕(だ)円(えん)球を使うスポーツはラグビーとアメリカンフットボールくらいだろう

 英国で200年近い歴史を持つラグビーのボールは、最初から楕円だったらしい。持ちやすくてパスもしやすい。キックした後どっちにバウンドするかは分からないのも楕円球ゆえの面白さだ

 ラグビーの「4年に1度のワールドカップ(W杯)」という名のボールは、欧州とオセアニアなどの強豪国の間で回されてきた。2019年(第9回)は「強豪国間の持ち回り」ではなく日本で開催されることになった

 ラッキーバウンドで日本に転がったわけではない。招致に長く取り組んできた。経済と同様にスポーツもアジアを抜きに未来は語れない。そう訴えてきた。人気、実力の両面で日本ラグビーに必要な「変身のための起爆剤」にする狙いもある

 一昨年のフランス大会(第6回)は観客は220万人、テレビ視聴者は延べ40億人を超えた。サッカーW杯には及ばないが、野球のWBCより世界的注目度は高い。起爆剤にならないはずがない

 「あと10年」が長いか短いかは、負う課題によっても関係者の声は分かれる。ファンが夢を見るには程よい長さか。日本代表が強くならないと夢の出番はない。可能性を秘めた選手を送り出すにふさわしい高校やトップリーグのチームを九州はいくつも持っている。

 春秋 西日本新聞 2009年7月30日
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge
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恐怖を感じる「猛烈な雨」異常な気象のせいで用語類の知識が年々増える・・・春秋 八葉蓮華

 「湿舌(しつぜつ)」と「にんじん雲」。九州北部で大きな被害を与えた豪雨の原因はそれだという。温かく湿った空気が梅雨前線に向かって南から舌のような形で流れ込む「湿舌」は知っていたが…

 「にんじん雲」は初めて聞いた。湿舌で刺激された梅雨前線付近で次々に積乱雲が発達し、ニンジンを横にしたような先細の形の雲になることがあるらしい。細い部分ではしばしば豪雨や雷を伴う

 それにしてもすさまじい降り方だった。「恐怖を感じる」と形容される1時間雨量80ミリ以上が珍しくなかった。気象用語では「猛烈な雨」と言う。めったに聞かなかったが今回は九州北部に限らず何度も耳にした

 昨今の異常な気象のせいで用語類の知識が年々増える。それでも従来の用語だけでは足りなくなってきたようだ。気象庁は2年前に「猛暑日」「熱中症」などを追加した

 世界で使われている「藤田(F)スケール」も追加された。竜巻の強さを「F0―5」の6段階で表す。日本ではF2(秒速50―69メートル)の被害が増加中。先週は岡山県で、一昨日は群馬県で竜巻が発生した。どちらもF2級とみられている

 「藤田」は竜巻の権威・故藤田哲也シカゴ大名誉教授のこと。明治専門学校(現九州工業大)を卒業して米国に渡り、「藤田スケール」に名を残した。「にんじん雲」や「猛烈な雨」にも同じことがいえるが、知識として知っておくだけで済ましてくれないものか。

 春秋 西日本新聞 2009年7月29日
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

「藍ちゃんスマイル」うまくいっても、いかなくても、私の人生・・・春秋 八葉蓮華

 日本で初めて高校生のプロゴルファーが誕生したのは、2003年秋のことだった。宮里藍さんだ。出身地沖縄の太陽を思わせる「藍ちゃんスマイル」でも魅了した

 06年から米女子プロゴルフツアーに本格参戦していた。エビアン・マスターズで初優勝した、とのニュースが飛び込んできた。20歳で渡米し、今は24歳。4年近くかかると予想した人はたぶん少ない

 資料で振り返ると、ツアー出場権をかけて05年秋に米国で行われた予選会は2位に12打差(新記録)をつけてトップで通過している。最初の1勝をつかむのは案外早そうな気がした。実際には83試合を要した

 優勝のパットを決めたとき、3年余の日々が一度に頭をよぎったのだろう、帽子のつばで顔を覆った。一夜明けた宮里さんのブログ(ネット上の日記)には、支えてくれたファンと家族への「感謝」がつづられていた

 ゴルフを続けるのがつらくなった時期がある。ドライバーが曲がり始めた。おととしのことだ。それまで普通にできていたことができなくなった。目の前が暗くなった。なによりも、勝てない現実を受け入れるのに葛(かっ)藤(とう)があった

 そのころ日本ではCMで「藍ちゃんスマイル」が流れ続けたが、米国にいる宮里さんは笑顔を忘れていた。「うまくいっても、いかなくても、私の人生」と思えるようになってから変わったという。優勝決定後の、涙のあとの笑顔はひまわりを思わせた。

 春秋 西日本新聞 2009年7月28日
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世界中にファン「アニメ・エキスポ」夢中になる度合いは日本の若者たちも顔負け・・・春秋 八葉蓮華

 この夏、海外で日本が話題になった。話題にしたのは欧米の若者たち。彼らの視線の先にあるのは日本の政治ではない。経済でもない。文化だ

 古典的な日本文化とは違う。ポップ文化ともサブカルチャーとも呼ばれる新しい文化だ。日本のアニメや漫画、ゲームは、世界中にファンを持つ。夢中になる度合いは日本の若者たちも顔負けだ

 今月初め、米ロサンゼルスでは日本のアニメや漫画をテーマにした「アニメ・エキスポ」が開かれた。米国では最大規模のイベントで、4日間で約5万人が集まった。作品の登場人物に扮(ふん)して楽しむ人が多かったという

 同じころフランスではパリ郊外で同じようなイベントが開催された。報道によると、10回目の今年は4日間で何と推定で約15万人が集まった。ちなみに第1回は3千人だった。武道や書道など伝統文化に触れる若者もたくさんいた

 イタリアでは、主要国首脳会議に合わせて日本のポップ文化も紹介する政府レベルの交流行事がローマであった。日本政府が東京で建設を計画中の「国立メディア芸術総合センター」(仮称)の話も出ただろうと想像する

 計画では漫画やアニメを収集する。詳細は未定だが、建設費117億円は補正予算で計上済み。経済危機対策の一つながら、中身の議論よりも「とりあえずハコモノから」の図だ。漫画大国の政治漫画的構図の一つですかと、海外で変に納得されなければいいが。

 春秋 西日本新聞 2009年7月27日
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息苦しくなるような圧迫感と恐怖「異常な豪雨」場所を選ばず突然牙をむいて・・・春秋 八葉蓮華

 「このまま地球温暖化が進むとすれば」との前提に立ったシミュレーションが近年マスコミをにぎわしている。最近もあった。もしその通りになったら日本らしい景色が一つ失われる

 最悪の場合「100年後には桜(ソメイヨシノ)が開花しなくなる」というのだ。東日本以西の太平洋側の話、と気象情報会社のウェザーニューズ(東京)。開花に必要な冬の寒さがなくなるのが原因らしい

 日本的情景の行く末を心配している場合ではないかもしれない。国立環境研究所など14機関の研究チームがこんな試算も公表した。「今世紀末に日本では洪水や土砂災害による被害額が、年間で最大9兆円を超える」

 温暖化は、ある地域では干ばつを、ある地域では洪水を、同時に急増させていく。後者には日本も含まれる。昨今の日本で増えた異常な豪雨も、ひょっとしたらその前兆ではと思ってしまう

 おとといの夜、シ者・行方不明者が出た九州北部の豪雨もそう思わせた。福岡市をはじめ各地で1時間に100ミリ前後を記録した。数日前に土石流による多くの犠牲者を出した山口県内では1時間に90ミリを観測した所もあった

 気象庁によると、バケツをひっくり返したような、と感じるのは1時間雨量で30―50ミリだ。80ミリ以上になると息苦しくなるような圧迫感と恐怖を感じるという。場所を選ばず突然牙をむいて犠牲者と被災者を増やし続ける凶暴性が恐怖を募らせる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月26日
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「右肩上り」立派な名があるのだからそれを励みに頑張れ・・・春秋 八葉蓮華

 大相撲の星取表は幕内と十両しか新聞には出ない。名古屋場所はきょうが14日目。優勝争いとは別に、気になる力士が三段目にもいる。西3枚目の「右(みぎ)肩(かた)上(あが)り」だ

 先場所までは本名の「吉野」をしこ名に、この1年間は幕下と三段目の間を行ったり来たりしていた。気分一新を、と大嶽親方(元関脇・貴闘力)が思い立った。親方いわく「不景気で暗いから、こんな力士がいてもいい」

 改名案を聞かされたときは、本人は半信半疑だったらしい。新番付に「吉野改め右肩上り」と書かれているのを見て、あらためてびっくりしたそうだ。山口県宇部市出身の21歳。“伸びしろ”はたっぷりある

 日本相撲協会によると、珍名力士は明治時代から数多くいた。「自動車早太郎」「三毛猫泣太郎」「猪シ鍋吉」…。髪の毛が薄かった「電気燈光之助」は、持ち前のユーモアセンスで初っ切りもこなす名物力士だった

 本名の「幕内」をしこ名にした力士もいた。昭和40年代の話である。幕下なのに幕内、というのも照れくさくて親方に改名を願い出た。「立派な名があるのだからそれを励みに頑張れ」と言われ、本名で通した

 「右肩上り」の名古屋場所の成績はどうなっているだろう。相撲協会のホームページに掲載されている星取表を見た。きのうまで6回土俵に上がって3勝3敗。連敗でスタートしたが、ただいま2連勝中。右肩上がりで勝ち越せば館内はきっと沸く。

 春秋 西日本新聞 2009年7月25日
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今回の衆院解散「夏休み解散」マニフェストという大事な宿題・・・春秋 八葉蓮華

 今回の衆院解散をどう名づけますか? 九州の有権者30人に尋ねた結果が一昨日の本紙に載っていた。「ゴネタロー解散」「待ちくたびれ解散」などいろいろあった

 空気読めない、から始まった「KY」をもじった「KY解散」というのもあった。「暮らしよめない」などと読むそうだ。自民も民主も党としての統一性がない、という一言が付けられた「ばらばら解散」も

 今回の解散がどんな通称で落ち着くかはまだ分からない。顧みれば麻生首相の祖父吉田首相の「バカヤロー解散」をはじめ、すぐに浮かぶものがいくつもある。「黒い霧解散」「死んだふり解散」も懐かしい

 「郵政解散」の記憶は鮮明だ。郵政民営化の是非をめぐって4年前に小泉首相が大勝負を打った。9年前は森首相の「神の国」発言から取って「神の国解散」になった。どちらも分かりやすい

 今回のように定まりにくい時は、大きな話題に絡める手もありそう。「日食解散」と言うのは推理小説作家の有栖川有栖さん。「与党として太陽の座にあった自公がとうとう野党の月の陰に隠れてしまう。皆既日食と同じだ」(朝日新聞から)

 本紙投稿欄・ひょうたんなまずに「福岡・笑楽坊」氏はこんな作を寄せた。〈「日食」 わが党の「陰り」も短時間で終わってほしいな… -自民党〉。日食の空を各選挙区で見上げた与野党の候補者たちも、それぞれの思いを重ね合わせたことだろう。

 春秋 西日本新聞 2009年7月24日
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津波のように押し寄せる土石流「山津波」滝のようにゴーゴーと降り続く集中豪雨・・・春秋 八葉蓮華

 日本の国土のうち平地は3割しかない。大半は山地、もしくは丘陵地だ。山国日本に降る雨の量は世界平均の2倍もある

 狭い平地で稲作を発達させ、この国を瑞穂国(みずほのくに)にした恵みの雨は、一方で、山あいの地域を中心に多くの土砂災害も発生させてきた。がけ崩れ、地滑り、土石流…。発生件数が千件を超える年が珍しくない

 濁流が土や石と一緒にふもとに向かって激しく流れ落ちる土石流は、人家も襲って被害を大きくする。数日前に集中豪雨に見舞われた中国地方では複数の土石流が発生し、お年寄りたちが犠牲になった

 老人ホームが被害に遭った山口県防府市では1時間雨量が70ミリを記録した。70ミリは滝のようにゴーゴーと降り続く状態だ(気象庁)。土石流は以前は「山津波」と呼ばれた。滝のような雨と、「ゴー」と地響きを立てて津波のように押し寄せる土石流。その恐怖は想像を超える

 「走っても逃げ切れないスピードだった」。老人ホームの職員はそう話している。防災資料には「土石流の時速は40―50キロ」とある。入所者の多くは車いすだった。土砂が1メートル以上積もった室内では行方不明者の捜索が続く。胸がふさがる

 土石流などへの警戒が必要な地域は全国でどれくらいあるのだろう。老人ホームがある一帯について山口県は土砂災害警戒区域に指定していたらしい。砂防ダムを建設する計画もあった、との報道もある。胸がいっそうふさがる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月23日
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列島を覆っている暗雲を吹き払う「政策」与党と野党が総選挙で競う・・・春秋 八葉蓮華

 何日も前から日本中がやきもきさせられた。過去に例があまりないくらい天気予報が耳目を集めた。きょうの日食を列島中でそれぞれに楽しむのは難しそうだ。日食どころではない地域もある

 九州は雲と傘と太陽のマークが混在している。一昨日あたりから予報が微妙に変わった。あす以降は週末にかけて傘マークが増えていく。というわけで九州を含む全国的な梅雨明けはまだ先らしい

 翻って思う。日本の政治を総じて暗く覆い続ける雲はいつになったら明けるのか。雨雲が垂れ込め始めてから随分になる。切れ間から日が差したこともあった。間をおかずに次の雲に取って代わられるのが常だった

 構造改革が叫ばれたあとにやってきた「戦後最長の景気拡大」も例外ではない。実感が庶民にはなかった。「負け組」などという言い方を生み、お金がすべての風潮も生んだ。雲は幾重にも列島を覆って今に至る

 そんな中で衆院は解散された。暗雲を吹き払う政策を与党と野党が総選挙で競う。解散直前の自民党両院議員懇談会で麻生首相は過去の発言などを涙ぐんで謝罪したという。涙雨を誘う雲もあるのだろう

 日本には古来、降り方や降る様子で付けた雨の呼び名などが種々伝わる。夏は、洗い流すかのような「雨(う)濯(たく)」もあれば、目をむいて怒っているように降る「瞋(しん)怒(ど)雨(う)」もある(「雨の名前」小学館)。自民党の上に降る雨の名前は40日後に国民が決める。

 春秋 西日本新聞 2009年7月22日
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おべっか使いに取り巻かれて敗戦行進曲を続けている・・・春秋 八葉蓮華

 「タカギソウキチって知っとるね?」と同僚から聞かれた。高木惣吉。同僚は熊本県人吉市出身で、同郷の偉人の一人という。こちらは不勉強を恥じねばならなかった

 友人が言うには、日本が一億玉砕の空気に支配されていたころ、海軍省教育局長の高木海軍少将は、戦争が早く終わるよう心血を注いだ一人だった。図書館で調べてみると、誇りたくなる気持ちがよく分かった

 海軍大学校を首席で卒業している。フランス駐在武官を2年間経験し、海外事情には明るかった。一貫して早期終戦を主張した。密命を帯び、病気療養を装って想を練ったこともある。確とした意見は宮中方面にも聞こえた

 高木は中学(旧制)には行っていない。貧しかった。苦学して海軍兵学校に入り、大学校にも挑むなかで確たる自分を養った。戦争続行に夢中の指導層は高木の目には「おべっか使いに取り巻かれて敗戦行進曲を続けている」と映った

 この間、高木ら海軍中堅層の間で東条首相アンサツもやむなしの空気も生まれたらしい。「昭和19年7月20日に」とされたが、直前に内閣が総辞職し、実行せずに済んだ。「若気の至りだった」と戦後に回想している

 人物研究は今も進み、郷土の研究者の新著が並ぶ。アンサツ計画はさておき、何年か前にTKUテレビ熊本が史実に基づいて制作したドラマに「熊本にこんなすごい人物がいたんですね」の声が寄せられたこともあったそうだ。

 春秋 西日本新聞 2009年7月20日
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皆既日食には宇宙の神秘、恩恵がすべて詰まっている・・・春秋 八葉蓮華

 1963年7月21日早朝、白みかけていた空が暗転し、黒い太陽の周りに黄金色のコロナが輝きだすのを、北海道・網走の小さな山から見ていた人たちの間から歓声が上がったという

 そのなかに15歳の毛利少年もいた。宇宙飛行士になった毛利衛さんだ。札幌に近い余市から兄さんと一緒に見に行き、野宿して待った。皆既日食の体験が、科学者そして宇宙への夢につながる

 太陽が隠れると冷たい風が吹いて、葦(あし)がざわめきだしたり、カラスが忙しく鳴いたりしたそうだ。闇が終わると一面に光があふれだす。「太陽によって生かされていることを初めて実感しました」

 振り返って毛利さんは思う。「皆既日食には宇宙の神秘、恩恵がすべて詰まっている」。日本ではめったに体験できない。46年前に「次に巡り合えるのは遠い先のこと」と思われた2009年7月22日が3日後に迫った

 日本での20世紀最後の皆既日食だった1963年は北海道東部で見ることができた。21世紀で2度目となる2035年は北陸・北関東という。今回はトカラ列島や屋久島など南西の島々に限られる

 ほかの地域では部分日食になる。「日が食われる」割合は九州はおおむね90%超だ。国立天文台によると、90%以上なら「金星は見えるかもしれません」。葦やカラスが…、とまではいかなくても、宇宙の神秘と太陽の恵みを、ほんの少しでいいから五感を研ぎすまして体感したい。

 春秋 西日本新聞 2009年7月19日
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何がどうなっているのやら「七転八倒」自民党内のうろたえぶり・・・春秋 八葉蓮華

 一朝一夕、四苦八苦、十中八九…。数字をまぶした言い方が少なくない。二束三文、三寒四温、と数字をひとつ増やしてつなげる場合もある

 七転八倒とも言う。都議選に大敗した自民党内のうろたえぶりがピッタリだ。大敗の反省を求める人たちと「首相降ろし」に動く人たちが同床異夢で首相・党執行部につっかかる騒動も加わり、何がどうなっているのやら

 ドタバタするのも無理はない。各地の知事選や市長選などでの連敗に都議選が加わった。七転び八起きのエネルギーを党内抗争でひねり出すための苦肉の策、なんてことはなかろうが

 事ここに至るまでの間には、自民党幹部が七重の膝(ひざ)を八重に折って宮崎県知事に衆院選出馬を請う一幕があった。要請した幹部は都議選が絡んで批判され、要請された知事はといえば、出番はないと判断したのか国政転身を断念した

 「東国原劇場」の幕が下りたわけではないらしい。遠からず起きる政界再編劇で出番が来る。そう読む東国原英夫知事は装備を解いていない。読み通りにいかなかった今回の転身劇についても「地方分権が一歩も二歩も進んだのは私の行動の成果だ」と自画自賛している

 知事の言葉を胸に気持ち良く収める人がどれだけいるだろう。まずは宮崎県民の声に耳を傾け直すことだ。従来同様に東にばかり視線をやってあれこれ言い続けたら、四の五の言わずに知事職をまっとうせよ、と言われる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月18日
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「核のない世界」国家や人々の間にある溝に橋を懸け、共に手を携えれば実現できます・・・春秋 八葉蓮華

 50年後か100年後か、いつになるかは分からないが、「核のない世界」を実現できた時、人類は2009年を出発点として思い出すだろう、と今年4月の小欄で書いた

 米国のオバマ大統領がチェコで「核のない世界」への挑戦を宣言した時のことだった。世界で唯一の核使用国としての道義的責任に触れていた。読み返してみた。「言葉の力」をあらためて思った

 夢物語とみる国や人々に向けてこうも言っている。「米国だけでは成功は困難ですが、先頭に立つことはできます」「国家や人々の間にある溝に橋を懸け、共に手を携えれば(核廃絶は)実現できます」

 触発された人は各国にいる。世界的デザイナー三宅一生さんもその一人。米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿した。「世界中の人々がオバマ米大統領と声を合わせなければならない」と呼びかけ、オバマ氏には広島訪問を促している

 広島での7歳時の原爆体験も明かした。放射線を浴びた母を3年後に亡くしている。「原爆を生き延びたデザイナー」のレッテルを張られるのが嫌で語ってこなかった。語ることの「倫理的な責務」を感じたという

 核なき世界への取り組みは先週のサミットで首脳声明に盛られるところまできた。米国を主役に大きな流れができた。唯一の被爆国は発言と行動で寄与できているのだろうか。三宅さんを突き動かした演説の主が日本の指導者だったらなあ、とも思った。

 春秋 西日本新聞 2009年7月17日
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街道をゆく「方言の息づかい」馬関海峡とよぶほうが、潮の色までちがってくる・・・春秋 八葉蓮華

 司馬遼太郎さんは〈私は日本の景色のなかで馬(ば)関(かん)(下関)の急潮をもっとも好む〉と「街道をゆく」に書いた。急潮の海峡を司馬さんは旧名の「馬関海峡」で呼んだ。〈馬関海峡とよぶほうが、潮の色までちがってくる〉

 山口県下関は〈正しくは赤(あか)間(まが)関(せき)といった。しゃれて赤馬関とも書き、転じて儒者好みに馬関とよばれた〉と続け、郊外に住む老人などの間では〈きょうは馬関へ行ってきた、などという言い方が残っている〉とも

 ここからは詩人の川崎洋さんに話を継いでいただく。海峡をはさんだ福岡県と深い縁を持つ川崎さんが遺(のこ)した著書にも、下関のことがいろいろ出てくる。馬関については-

 下関の人は怒っているのです、とも書いた。ばかん、のアクセントは「かん」のほうにあるのに、大河ドラマでは「ば」を強く言っていたらしく、それでは「イヤン、バカン」のバカンになってしまう、と

 1970年代に出たこの本のタイトルは「方言の息づかい」(復刻版は「方言自慢」)。山口県の方言も出てくる。とても、非常に、の意味の副詞に「ごっぽう」がある。ごっぽう暑いのう、ごっぽう気持ちがええのう…

 ごっぽうに代わって下関では「ぶち」を使う人が特に若い人に増えていたという。「ぶち気持ちがええのう」と、いい風に吹かれたりした時に今も言うのだろうか。70年夏に長州路を巡った司馬さんは海峡の港町で耳にしたかもしれない。

 春秋 西日本新聞 2009年7月16日
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「組織」のキリンと「やってみなはれ」精神のサントリー「勝ち組」同士が一緒になる・・・春秋 八葉蓮華

 産業界でどことどこがくっついても驚かなくなっていたが、キリンとサントリーの統合話には驚いた。実現すれば酒類・飲料部門では世界トップ級になること自体には大して驚かないが…

 二つのことで驚いた。一つは、どちらも経営はうまくいっているということだ。順調な企業がそうでない企業を吸収する形はいくつも見てきた。「勝ち組」同士が一緒になるのは見たことがない

 二つ目は社風の違いだ。三菱系のキリンと同族経営で非上場のサントリー。本社は片や東京、片や大阪。「組織」のキリンと「やってみなはれ」精神のサントリー。現場は大変かもしれない

 同じ日の新聞1面には、もう一つ大見出しで「衆院選8月30日」が躍っていた。天下分け目の戦いの日がようやく決まった。企業の大ニュースと同時に報じられたせいか、一昨年来の経緯もこれありで別の感想もわく

 自民党は福田首相時代に民主党との大連立に動いた。成立寸前までいった。その後も一部でくすぶり続ける。麻生首相に代わってからも昨年末に党内実力者の元首相が大連立を提唱する一幕があった

 背景には自民党の経営不振がある。党風はといえば自民と民主は似て非なるもののように見える。統合しても国民が得る利益には疑問符が付く。離合集散は政界の常ながら、4年近くなかった総選挙でまずは相まみえ、有権者の間にたまったモヤモヤを清算したうえでのことになる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月15日
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博多祇園山笠「集団山見せ」ホークス監督勇退で実現した「台上がり」・・・春秋 八葉蓮華

 きのう行われた博多祇園山笠の「集団山見せ」で、福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治さんが一番山笠の「台上がり」を務めた

 「博多の恩人である王さんに、ぜひ台上がりを」と博多祇園山笠振興会は7年ほど前から打診していた。山笠期間中はプロ野球のシーズン中とあってかなわず、昨年限りの監督勇退で実現した

 先々月に69歳になった。台上がりの前日は、福岡県知事や福岡市長らも発起人となった「古希を祝う会」が福岡市内で開かれた。友人を含む500人近くが出席した。麻生渡知事は「王さんが元気なことがわれわれを元気づける」とあいさつした

 耐えることから始まった14年間のホークス監督時代に福岡がもらった元気、九州が受けた恩は、いまさら言うまでもない。感謝の気持ちを代表して、と言うとおこがましいが、西日本新聞は昨秋、西日本文化賞を贈った

  「文化として表彰されたのは、地域に喜んでいただいた証し」と話していた王さんは、おとといの古希を祝う会では「これからは恩返しを」とも話していた。監督時代を支えてきた地場経済界の“応援団”が、活動を支え直す準備を進めているそうだ

 王さんは現在も福岡市内に住んでいる。九州各地に出かけて子どもたちに野球を教えたりしている。ユニホームを着ていたころのようにはいつも姿を見ることはできない。だからだろう、「集団山見せ」の沿道は人、人、人だった。

 春秋 西日本新聞 2009年7月14日
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夏の陣「政界の一寸先は闇」何が起きても不思議でない・・・春秋 八葉蓮華

 九州南部は梅雨明けした。列島の梅雨明けは昨年通りなら1週間後、平年並みだと2週間は待たねばならない。今年はどうか。永田町のうっとうしい空模様がイライラを募らせる

 永田町の上空は雲に覆われてきた。雲は昨秋ごろから漂い始め、冬を経て厚さを増した。「衆院解散、総選挙」の号令を聞けそうで聞けないのが原因だった。春も過ぎ夏が来ても事態は変わらず、今や雲は二重三重の観をなす

 政界の曇天は気分的に列島全体を支配する。ただでさえ暑苦しい梅雨時に、この景色は耐え難い。解散決断の時期について首相が「遠からず」から「近々」と絞ってきたのがせめてもの慰めか

 遅ればせながら決断するのか、それとも「近々」の看板を引っ込めるのか。その分かれ目になる東京都議選で自民党は大敗した。公明党との与党で過半数を維持したうえでの総選挙決行を首相はもくろんでいたが…

 「麻生降ろし」が吹き荒れて自民党内は内戦状態になる。専門家でなくてもそう読める。どんなかたちで落ち着くか、となると予測は難しい。「政界の一寸先は闇」と言う。何が起きても不思議でない。2009年夏の陣や、いかに

 夏の陣ゆえ、可能なら暑気払いも兼ねたい。さしあたって自民党には暑苦しい立ち居振る舞いだけはご勘弁を、と言っておこう。民主党とて、鳩山代表の例の「故人献金」問題が心胆を寒からしめる展開に化けない保証はない。

 春秋 西日本新聞 2009年7月13日
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博物館明治村「森鴎外・夏目漱石住宅」同じ家に住んだ奇跡・・・春秋 八葉蓮華

 北原白秋の詩が教科書から消えつつあるらしいことに、昨日の小欄で触れた。「文豪の小説も、と以前話題になりました。その後どうなったでしょう」というお電話をいただいた

 「夏目漱石と森鴎外が教科書から消える」と小欄でも書いたのは8年前のことだった。それまでは「吾輩は猫である」「高瀬舟」などが中学国語に掲載されていた。2006年に二人とも一部で復活した

 両文豪の足跡の一部を大ざっぱにおさらいしておく。生まれたのは鴎外が5年早い。明治、大正のほぼ同じ時代を生きた。時を違えて二人が、くしくも東京の同じ一軒家に居を構えたことは、広くは知られていない

 借家だった。本郷区駒込千駄木町(現・文京区向丘)にあった。鴎外は1年住み、その11年後に漱石が4年間住んだ。鴎外は「舞姫」を発表した直後だった。漱石はここで「吾輩は猫である」を書いた

 ガイド本「漱石2時間ウォーキング」(中央公論新社)からの受け売りだ。著者の作家井上明久さんは「フランスでいえばバルザックとスタンダールが同じ家に住んだというのにも等しい、文学上の奇跡のような出来事」

 当時の典型的中級住宅とされる建坪39坪のその家は、別の場所に「森鴎外・夏目漱石住宅」として昭和40年に移築された。移築先は愛知県犬山市にできた「博物館明治村」。二人が残した小説は平成の子どもたちの手の届くところにも置いておきたい。

 春秋 西日本新聞 2009年7月12日
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北原白秋「この道はいつか来た道」ねんねこ、ねんねこ、ねんねこ、よ・・・春秋 八葉蓮華

 カナダに滞在中の天皇、皇后両陛下はトロント市内の小児病院を訪問し、子どもたちを励まされた。子どもたちが絵を描いたりする部屋で皇后さまは日本の子守歌を日本語で歌われた

 「揺(ゆり)籃(かご)のうた」(北原白秋作詞、草川信作曲、大正10年発表)。皇后さまは子育て中によく歌われたそうだ。〈揺籃のうたを、/カナリヤが歌うよ。/ねんねこ、ねんねこ、/ねんねこ、よ。〉

 北原白秋についての先週の本紙記事を思い出した。福岡県柳川市にある生家・記念館の年間入館者数が「一番多かった1990年代前半の3分の1近くに減った」という。若い世代の「白秋離れ」が指摘されている

 作品が教科書から消えつつあるのだろうか、市教委は「掲載を増やして」と国などに要望中。記事は「美しい日本語の響きを学ぶ上で白秋は外せない」と言う教科書会社の担当者の声も紹介していた

 今年初めに東京の出版社から新刊本が届いていたことも思い出した。詩集だった。「この道はいつか来た道 北原白秋」(童話屋)。帯に「子どもに還(かえ)る」とあった。どのページを開いても子どもに還ることができる

 歌だけでなく、黙読したり、声に出して読んだりする白秋もいいですよ、と編者兼発行者からのお便りには書かれていた。「まど・みちおさんや金子みすゞさんのように読まれるといいなあと考えて作りました。去年、柳川に遊びました」と書き添えられていた。

 春秋 西日本新聞 2009年7月11日
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被害者に寄り添ってこその「秋霜烈日」JR西日本の社長、鉄道本部長のころ・・・春秋 八葉蓮華

 秋に降りる霜と夏の激しい日差しを表す「秋霜烈日」は、刑罰や志操の厳しくおごそかなことの例えとして使われる

 検察官のバッジも「秋霜烈日」と呼ばれる。白い菊と赤い旭日(きょくじつ)の組み合わせが霜と日差しのように見える。正義を担う検事の理想像とも重なり合う。「秋霜烈日」という題の検事総長回想記が出版されたこともあった

 次のように話した検事総長もいた。「『被害者とともに泣く検察』という言葉があるが、泣いていなかったのではないかという批判もある」。2001年に兵庫県明石市内で花火大会の見物客が歩道橋に集中し、11人が亡くなった事故をめぐってのことだった

 警備責任者の警察署長を検察審査会は「起訴相当」としたが、神戸地検は不起訴を変えなかった。起訴を求めて最高検を訪れた遺族らは冷たくあしらわれた。それを知って検事総長は陳謝し、「被害者とともに泣く検察…」と続けた

 きのうの朝刊で「神戸地検」が大きく報じられた。107人がシボウした2005年の尼崎JR脱線事故でJR西日本の社長を業務上過失致シ傷罪で在宅起訴した。鉄道本部長のころに安全対策を怠っていたと判断した

 鉄道事故での最高幹部訴追は珍しい。地検は遺族らから要望も聞いてきた。その是非については別の議論もあろうが、被害者に寄り添ってこその秋霜烈日、ということだろう。今回は「地検が最高検を説得した」と本紙にあった。

 春秋 西日本新聞 2009年7月10日
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中華人民共和国の歴史「建国60周年」人権問題での改善要求・・・春秋 八葉蓮華

 孔子の家系図が70年ぶりに改訂された、と中国で報道された。計200万人余の子孫が収録される見通し。改訂に取り組んだ団体の会長は第77代の子孫で、最も下の世代は第83代の少女という

 孔子は言った。「吾(われ)十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず…」。弟子たちが記録した論語を通して知る思想家の回想は、後世の人々の人生行路の道標ともなって現代を生きる

 2500年ほど前に孔子を生んだ国の歴史に孔子の言葉を重ねてみることにする。といっても中国の悠久の歴史はさておき、20世紀に誕生した中華人民共和国の歴史を対象とする

 建国は1949年10月。「志学」の15歳にあたる64年10月は、新疆ウイグル自治区のタクラマカン砂漠で核実験に成功している。当時既に核を保有していた米ソなどに学んで「自分たちも大国に」と志した

 「而(じ)立(りつ)」の30歳にあたる79年はベトナムとの間で中越戦争が、「不惑」の40歳にあたる89年は天安門事件が起きた。巡って今年は建国60周年。秋の国慶節で大がかりに祝うが、大事を前に現在は新疆ウイグル自治区での民族暴動に揺れる

 孔子いわく「六十にして耳順(したが)う」。60歳で人の言うことを素直に聞けるようになった、という意味だ。チベット自治区で暴動が起きた昨春来、中国に対しては人権問題での改善要求が多く聞かれる。「耳順(じじゅん)」を迎えた国の耳は、国際社会に向いているだろうか。

 春秋 西日本新聞 2009年7月9日
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一度ならずも二度三度、裁判官の性犯罪を裁かねばならなかった裁判官の無念・・・春秋 八葉蓮華

 8年前、東京地裁の裁判官は少女買春事件の被告に被告人質問で言った。「言葉は悪いが、単なるスケベおやじだったのではないか」(長嶺超輝著「裁判官の爆笑お言葉集」幻冬舎新書)

 裁判官に粗野な言葉を吐かせた理由は被告の職業にあった。東京高裁の裁判官だったのだ。被告への言葉はこう続く。「日本の司法の中で、とんでもないことをしたというのは分かってますな」

 言われた裁判官は、国会の裁判官弾劾裁判所で罷免された。罷免裁判官は5人目だった。6人目は昨年なので覚えておられる方もいよう。部下の女性職員に対するストーカー事件だった

 少女買春、ストーカーと続いた罪状は司法の権威を赤面させた。ちなみに4人目までの訴追理由は「首相への偽電話」「破産管財人からの物品供与」など。罪状に軽重はなくても権威失墜の度合いにはおのずから差が出る

 一度ならずも二度三度、と世間で言う物の例えが、法の番人の世界でも通じるのだからあきれてしまう。ことし2月には、高速バスの中で、眠っていた若い女性の体に触った福岡高裁宮崎支部の裁判官が逮捕されている

 罷免になるかと思われたが4月に任期切れで退官した。きのう宮崎地裁で判決が言い渡された。裁判長は「司法の権威を著しく失墜させた」と怒りを言葉にした。裁判員制度の開始早々、裁判官の性犯罪を裁かねばならなかった裁判官の無念を思うと言葉もない。

 春秋 西日本新聞 2009年7月8日
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世界の海でクラゲが大量発生中、太古の昔から生きて・・・春秋 八葉蓮華

 海は広いな大きいな…。海は歌を呼ぶ。童謡に「くらげのさんぽ」というのもあるそうだ。〈なみにゆられて ふわりふわり/いちんちのんびり ふわりふわり〉(小林純一作詞)

 各地の水族館ではクラゲが人気者になっている。ノーベル賞の世界では昨年、化学賞受賞の下村脩さんの“光るクラゲ”が脚光を浴びた。のんびり、ふわりふわり、それでいてどこかが光って見える生き方ができたら、楽しいだろうな

 クラゲは数億年前に地球上に現れた。魚や恐竜などが出現する前のことである。泳ぐ力は弱く、漂っているようにしか見えない。なのに太古の昔から生きてきた。姿かたちが物語る幻想性に癒やされる

 「クラゲと人間は似ている」。大阪市立大の寺北明久教授らが昨秋まとめた研究成果で指摘していた。目で光をとらえる仕組みが似ているらしい。「人間の視覚システムはクラゲの祖先から進化した可能性がある」という

 お近づきになりたくないクラゲもいる。重さが200キロに達するエチゼンクラゲだ。4年前に漁業に深刻な影響を与えた。主に中国近海で発生し、成長しながら北上する。今夏も日本海に大挙押し寄せる気配

 世界の海でクラゲが大量発生中、と全米科学財団が報告書をまとめた。水質汚染でクラゲ以外は生息できない海域も増加中。漢字で「水母」「海月」と書くクラゲのロマンに、のんびりふわりとひたってばかりもいられない。

 春秋 西日本新聞 2009年7月7日
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七夕「世紀の天体ショー」皆既日食7月22日晴れますように・・・春秋 八葉蓮華

 天の川が星々の集まりであることを発見したのはガリレオだ。人類で初めて彼が自作の望遠鏡で夜空をのぞいてから、ちょうど400年

 それを記念した「世界天文年」の今年は世界中でさまざまなイベントが行われている。多様な企画を通して、地球での暮らしが天体とともにあることを実感できる。そんな年にふさわしいものを宇宙も用意してくれた

 7月22日の「皆既日食」だ。日本では鹿児島県・トカラ列島などで観察できる。皆既時間は一番長いところで6分44秒。今回よりも長い皆既を今世紀中に見ることはできない。「世紀の天体ショー」と呼ばれている

 皆既日食は一部に限られるが、部分日食は日本列島のどこででも見ることができる。列島を南に行くほど太陽が欠ける割合は大きくなる。欠ける割合は、札幌市では最大(以下同じ)約50%、東京で約75%、福岡市で約90%、鹿児島市で約96%…

 国立天文台は注意も呼びかけている。サングラスや黒い下敷きなどで見るのは絶対ダメで、専用の日食グラスなどが必要。太陽の方向を直接見なくても、木漏れ日などで日食を観察する方法もある。国立天文台のホームページに詳しい。いろいろ準備してその日を迎えたい

 データに基づく7月22日の晴天率は、列島を南下するほど高くなる。せめて梅雨は明けていてほしい。あすは七夕。星々に「先のことで恐縮ですが、どうか晴れますように」と祈ろう。

 春秋 西日本新聞 2009年7月6日
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博多祇園山笠のクライマックスに向けて2週間余かけて街が弾けていく・・・春秋 八葉蓮華

 福岡出張を歓迎する人が例年7月の今ごろは特に多いと聞く。博多祇園山笠のクライマックスに向けて2週間余かけて街が弾(はじ)けていく。そんな祭りはほかにないらしい

 やってきた人が地元の人に祭りの起源を聞くのはよくあることだ。博多では「13世紀、元(げん)寇(こう)の数十年前に疫病がはやったとき」と以下のような説明を受ける。臨済宗の僧が施(せ)餓(が)鬼(き)棚(だな)に乗って担がせ、清めて回ったのが始まり

 それくらいのことは博多の人はあらかた言える。僧の名は聖一(しょういち)国(こく)師(し)。宋で学び、帰国後博多で承天寺(じょうてんじ)を開山した。山笠のフィナーレ「追い山」では、「発祥之地」の碑がある承天寺の前も舁(か)き山が巡る

 この寺には山笠以外にも話が種々伝わる。寺を創建した貿易商の謝国明が、天災地変が続いた年の大みそかに人々を集め、そばをふるまった。翌年は良い年になり、運がついたので運そばと言うようになった…

 「まんじゅうも博多から」と伝えられる。博多の生き字引だった故・帯谷瑛之介さんが語り残した資料から引いている。托(たく)鉢(はつ)をして歩いていた聖一国師が、親切にしてくれた西公園近くの茶屋に酒まんじゅうの製法を教えた。それが日本におけるまんじゅうの始まりとか

 それだけではない。うどんを含めいろいろの発祥の地、とされる石碑が承天寺にある。祭りを見に遠方から来た人には、山笠だけでなく食べ物の話も添えてもてなせば、博多全般への味わいが増す。

 春秋 西日本新聞 2009年7月5日
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競走馬「モンキー乗り」木の枝にまたがった猿のよう・・・春秋 八葉蓮華

 競走馬は走るために生まれてくる。進化の歴史があった。最初のころは、乗る人が上手ならもっと速く走れるのに、とご機嫌ななめのサラブレッドもいたのではないか

 馬の背中から腰にかけての動きを妨げないようにするには、尻を浮かせて乗ったほうがいい。上体も伏せたほうが、風圧が少なくて済む。そう考えて実践したのは米国の騎手トッド・スローンだった。19世紀末のこと

 足を置くあぶみを短くし、ひざを前に出して乗った。「木の枝にまたがった猿のよう」と笑われた。レースでの活躍が事態を変え、「モンキー乗り」が広まった(「競馬百科」日本中央競馬会)

 日本の騎手では保田隆芳さんが先駆者だ。騎手見習のころニュース映画で見てあこがれ、1958年の米国遠征で習得して持ち帰った。「そんな騎乗法で大丈夫か」と言われたが、普及するきっかけになった

 それまでは、あぶみを長くし上体を起こして騎乗していた。時代劇などでも見る乗り方に近かったようだ。日本でのモンキー乗りの先駆者には野平祐二さん(2001年没)もいる。保田さんとは別に独自に研究して実践したという

 騎手引退後の野平さんは調教師として「皇帝」シンボリルドルフを手がけた。保田さんの調教師時代といえば「天馬」トウショウボーイが浮かぶ。二人の足跡は競馬ブームの土台になった。保田さんも数日前に89歳で他界した。天馬に乗ったのだろう。

 春秋 西日本新聞 2009年7月4日
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水俣病「第2の政治決着」一人で思うだけでは何も動かない・・・春秋 八葉蓮華

 昨日の続き、と言っていいかもしれない。「日本と日本人」をテーマにした本紙の対談で、いまは亡き作家城山三郎さんが、ある官僚について語ったことがあった。要旨を再録する

 「優秀で大蔵でも通産でも行けたのに、厚生・福祉がやりたいと言って厚生省に行く。最初に覚えたのは手話。環境庁に移って水俣病で板挟みになり自さつした。(中略)公用車なんかは使わず、贈り物も全部送り返すような人だったそうです」

 環境庁企画調整局長で水俣病問題の責任者だった山内豊徳さん(福岡出身)のことだ。1990年、東京地裁が水俣病訴訟で初の和解勧告を出して間もなく命を絶った。和解を拒む国に対する非難の矢面に立っていた

 一人の人間としての良心と官僚としての職責に身を裂かれた。「一人で思うだけでは何も動かない」。そんなふうに話していたという。行政の落ち度は否定するのが常の霞が関の論理が生んだ犠牲者、として語り継がれる

 日本は公害大国とも呼ばれた。明治期に田中正造という一人の政治家が身を賭して告発した足尾鉱毒事件は、1世紀余を経ても研究が続く。犠牲者が官僚にも及んだ水俣病事件も同じ列に加わる

 水俣病は未認定患者の救済が終わっていない。環境庁局長の死から5年後に「政治決着」が報じられた。きのう「第2の政治決着」に動きだした。しかし全面解決には至らない。何度の政治決着が必要なのだろう。

 春秋 西日本新聞 2009年7月3日
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頑張れニッポン「日本」は「にっぽん」か「にほん」か・・・春秋 八葉蓮華

 「日本」は「にっぽん」か「にほん」か。あなたはどっち?と聞かれても大抵の人は困る。読み方を決めている人はたぶん少ない。その時の気分で変えたりする

 「読み方を統一する意向はあるか」と野党の議員が政府に質問主意書を出していた。政府もすぐに答えるのは難しい。おとといの閣議で「いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない」と回答することを決めた

 統一しようとしたことは随分前にあった。戦前の昭和9年、当時の文部省・国語調査会が「にっぽん(外国語表記はNIPPON)に」と提案している。法律などで決めるには至らなかった

 「にっぽん」に、の気分は、現在の日本銀行券(紙幣)や郵便切手類にも見て取れる。「NIPPON」と印刷されている。産業界を代表する日本経済団体連合会は「にっぽん」と読ませる

 が、企業や団体名は「にほん」が多い。日本航空、日本気象協会、日本棋院…。大学では日本大学、地図を広げると日本橋、日本海など挙げると際限がない。小学館の日本大百科全書は日本を「にほん」の項で説明している

 構えて言う場合は別にして、普通は「にほん」で、という流れのようだ。時々構えて口にしたくなる。国際試合での「頑張れニッポン」にも通じる。活を入れる、の意味合いを含む。ニッポン人として恥ずかしくなることが、迷走を極める政治をはじめ今の日本には多すぎる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月2日
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女優としては初めて「国民栄誉賞」放つエネルギーから元気をもらう・・・春秋 八葉蓮華

 大阪の梅田劇場に出張していた劇作家菊田一夫は、迎えの車を待つ3分ほどの間、見るともなしに舞台を見た。舞台上では当時38歳の森光子さんがアドリブで歌って客席を沸かせていた

 3年後、菊田は小説家林芙美子の半生を描いた「放浪記」を用意し、3年前に知った女優を主役に起用した。森さんが89歳の誕生日を迎えた先々月、「放浪記」は上演回数2000回を達成した

 二人との出会いを抜きに森さんは語れない。初めて主役をくれた劇作家の少年時代は学業半ばでの年季奉公から始まっている。演じた作家の若き日も銭湯の下足番から始まった。主役をつかむまでの森さんにも…

 職を転々とした二人と同様に長い下積みがあった。10代半ばから時代劇や喜劇に出た。前座歌手もつとめ、戦地慰問も経験している。戦後は進駐軍相手に英語で歌うことから始め、結核で闘病生活も送った。売れずにくすぶっていたころに菊田と出会う

 「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」と芙美子は色紙などによく書いた。森さんの場合は、芽が出るまでの長い半生の後に、それよりずっと長い開花と結実の半生が今も続く

 見たいと言う人の列が途切れないから半世紀近くも上演できた。森さんが演じる生き方に自分を重ねる人がいる。森さん自身の女優人生が放つエネルギーから元気をもらう人もいる。女優としては初めて、きょう国民栄誉賞が贈られる。

 春秋 西日本新聞 2009年7月1日
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「米公文書の開示」核兵器搭載艦船の寄港等を黙認する密約・・・春秋 八葉蓮華

 うそつきは泥棒の始まり、と小さいころに教わる。大きくなるにつれて、うそは虚言、そらごととも言うことや、泥棒の部分は言い換えが利くことを知る

 うそにはいろいろあることも体験的に覚えていく。「うそから出たまこと」「うそも方便」。結果として本当になってしまうものもあれば、物事を穏やかに収める手段として必要になる場合だってある

 まことに変わるはずも、方便と理解されて平穏をもたらすはずもないのに、日本政府は偽ってきた。としか思えない大きな問題が時々表に出る。政府が否定し続ける日米間の「密約」のことだ

 1980年代に外務事務次官を務めた村田良平氏は、本紙の取材に「密約はあった」と語った。60年の日米安保条約改定時に合意した「核兵器搭載艦船の寄港等を黙認する密約」を指す。前任者から引き継いだという

 日米間にはもう一つの「密約」が沖縄返還であった。米側が負担すべき「土地の復元補償費を日本が肩代わりする」という内容。核持ち込み合意の密約ともども米公文書の開示で密約の存在が分かっている。それでも日本政府は「そんなものはない」

 うそを通せば真実が引っ込む、とでも思っているのか。実はこうでした、と「首相が腹をくくればいいだけの話だ」と村田元次官は言う。腹をくくれずにここまで来たのは、「米国の言いなりだったのは過去の話」と言えない状況が続いているからだろう。

 春秋 西日本新聞 2009年6月30日
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